spring, spring

 

 

 

 

3月のあの日

そこはとても冷たくて真っ暗だった

 

 

わたしははだしで雪の上を歩いていて

知らないひとに触られて

 

泣いていた

 

 

 

どこにも向かう場所がなくて

どこにも光が見えなくて

誰もそこにはいなくて

 

 

 

「真実を語れよ」と

言われた。

 

 

 

目をつぶって、雪の冷たさに悴んだ手を
温泉のなかで温めて

 

いつかそこにすぐそばにあった、

好きな人の声の暖かさを想った。

 

 

 

 

 

 

そこから空っぽのまま

まっしろのまま

なにも見えぬまま

行き先もわからぬまま

 

 

わたしはもういちど歩き出すことをはじめようとしたけれど

宇宙はわたしの行く先を邪魔するように、

 

ひとつひとつを奪っていった。

 

 

 

やっと決まった引越し先の契約を、不動産屋が手配したあとに
売主からのキャンセルが入った。

 

 

たいして気にもとめず、

 

毎日毎日祈るようにして出来事をかきとめて
自分が苦しんだ日々が、決して無駄ではありませんようにと

ただ、祈るようにして、
何かを確認するように一心不乱に言葉を探して

 

 

最後、紐を閉じてから

 

ニューヨークに飛ぶはずだったその前日

 

 

荷物を用意するのにオレンジ色の古いグローブトロッターを

押入れからひきだして

 

何年ぶりかに訪れる感傷的なその場所を前に

胸をどきどきさせて

 

パスポートをひらくと、

 

 

有効期限は去年の8月に、切れていた。

 

 

 

 

 

1日を呆然としながらすごして、

わたしは、何を間違えているのか?と思わずにはいられなかった。

 

 

わたしは、どんなにがんばっても、
幸せになることを宇宙が許してくれないようなそんな気がした。

 

 

 

一緒に行くはずだった父は、

夜、ケーキを買ってきてくれた。

 

 

1日がすぎて、これ以上闇の中で止まっているわけにもいかなかったわたしは

見えない明日に向かうために

いつもと同じように息子を保育園に迎えにいって

 

 

そうしたら、大事に、大事にさいごの形見のように握りしめていた

消えた恋人からクリスマスにもらった、

レモンイエローのコインケースが

なくなっていることに気づく。

 

 

 

 

わたしはもう、
何がなんだかよくわからなくなって、

 

天はわたしの一番大事なものから、

一番欲しいものから、

 

 

絶対に奪っていくのだとそう感じた。

 

 

 

 

 

それでもとりみださずに、

それが用意されたことなら受け入れるしかないと震えながら

 

わたしは雪の上を歩いたそのときの

足の裏の感触の記憶をたぐりよせるようにして

 

「真実」のことを想った。

 

 

 

 

好きな場所に住むことも

最後のなぐさめにとったアメリカ行きの航空券も

 

一番大事だったハートのコインケースも

自分には持つ資格がないとしたら

 

わたしには何が残っているんだろう?

 

 

 

 

 

 

じっと唾を飲み込むようにして
枯れ果てた涙がもう一度溢れることもないまま

 

背筋が凍るようなきもちで

部屋のなかを探して

バックをひっくり返して

 

いつかなくしたと思っていたサングラスが3個発見された
車のシートを倒して奥に手を入れても

 

それは無くて

 

 

 

 

最後に突然

思い立ったように

 

 

それがあるわけがない、

車の後ろのトランクを開けると

 

 

そこには黄色のコインケースが
しれっと、

転がっていた。

 

 

 

 

 

わたしはしゃがみこんで大声で泣いて、

それを抱きしめて

 

 

「わたしのだいじなものをとらないで」

 

と声を震わせた。

 

 

 

「お願い」

 

「とらないで」

 

 

「お願い」

 

「いいこにしてるから」

 

 

 

 

わたしは子供みたいに
春の肌寒い夜の

車のトランクの脇で

なんども叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、今頃飛行機のなかで

空の上を飛んでいるはずだった時間に

父と、母と、たおくんと近所のチェーン店の定食屋に行って
全然おいしくない味噌煮込みうどんを食べて

 

喉を通らなくて半分以上残して

車まで戻って

 

 

バッグの中に戻ったコインケースをじっと見ながら

携帯を開くと

 

 

四ヶ月くらい音信不通だった恋人から、

 

 

突然ひとこと

 

 

「予定教えてね」

 

 

メッセージがきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

4月。

 

 

 

ラジオをやりたいんだと突然言いだすわたしを
すぐに助けてくれるディレクターがいて

自分が自分であることを越えたいんだと話すわたしに、写真をとってくれるひとがいて

「もう二度と、こないで」と一方的に泣きじゃくったわたしに、
まだ黙って手を差しのばしてくれるひとがいて

なにもわからないまま本を出したいというわたしに、企画を手伝ってくれるひとが名乗り上げてくれて

40万円もドブに捨てたわたしに怒るどころか気遣ってケーキを買ってくれる家族がいて

プロフィールの文面を考えたいんだと頼んだら数時間後には
早朝からコピーを送ってくれるライターの友人がいて

 

 

 

お金の管理をやめて、お金を稼ぐこともやめてしまったわたしを
税理士さんが全部面倒をみてくれて

本来ならばものすごい金額になる顧問料がそこにはついておらず

 

 

 

じっと耐え抜いた冬が、去ったのだと

わかった。

 

 

 

「料理教室をやることにしたんです」と伝えると

 

「また突然ですね」という税理士さんは

わたしが料理をしていたことを知らなかった。

 

 

「アイス、食べますか?」と訊いて、

わたしはナッツのアイスで、税理士さんはコーヒーを食べて、

「美味しいですね」と言った。

 

 

来るたびに、温かくて美味しい紅茶を選んで
コペンハーゲンの大好きなプリンセスブルーというシリーズのカップに
淹れてきた。

 

 

今日は、約束の時間の5分前に

有機のアールグレイを濃く出して、

 

イッタラの大きめのグラスに氷を入れて待った。

 

 

 

 

 

 

税理士さんが帰って、深呼吸をして、

 

自分が今間違いのないトラックの上に乗っていることを感じた。

 

 

 

 

メールを開くと、

ニューヨークにいたときからの古い友人から

noteで働いている友人を紹介しようか?と

とても久しぶりに、連絡が来ていた。

 

 

ひとりで、一切のコネもつながりもないまませっせと出版に向けて

有料コンテンツ配信のためにnoteアカウントをこわごわ開いていたところだった。

 

 

 

そこには

 

「そっかあ、まいちゃん女神だったんだなぁ、
そう思ったらすべてしっくりくるわ、って最近思うよ!」

と書いてあった。

 

 

彼女はわたしが女神どころか
こじれにこじれて苦しみ抜いていたときから

 

ニューヨークの薄汚れたキッチンで働いていたときから

わたしを見ていたひとだ。

 

 

 

 

「料理教室をやるよ」

 

 

と返信して

 

 

今朝、朝一で届いていた料理教室のデザインの1枚目が

ぱっと目を覚まさせるような

 

レモンイエローで

 

それが

 

なくしたとおもったコインケースと

全く同じ色だったことを

 

 

思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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